やる気や集中力の維持に悩む人が知るべき「運動」が脳に与える驚くべき効果

あなたは普段、どれぐらい運動していますか?

近年の研究では、運動は、体の健康だけではなく、精神の健康や、仕事の生産性、勉強の能率など、様々な分野において、驚異的なメリットがあることが明らかになってきました。

例えば、以下のようなものです。

・記憶力、協調性などが高まり仕事や勉強のパフォーマンスが向上する。
・ストレスや不安に強くなり、より大きな課題に向き合える。
・本当にやるべきことに対する集中力が上がり先延ばし行動が減る。
・自制心が強まり禁酒や禁煙、ダイエットを実行することができる。
・認知機能が向上し、脳を若々しく保つことができる

もし、この中に一つでも、今まさにあなたが望んでいた問題があれば、ぜひ読み進めてみてください。きっと、運動には、ご想像されていたより大きな効果があり、あなたの望みの実現に近づくことを確信して頂けると思います。

最終更新日:2018年7月18日
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高橋 良輔
執筆者

高橋 良輔(たかはし りょうすけ)

ボクシング東洋太平洋第12代クルーザー級(〜90kg)チャンピオン

26歳(1999年)という遅いデビューながら、2005年には日本人で初めて東洋太平洋ヘビー級タイトルに挑戦。翌2006年には日本人2人目となる同クルーザー級王座を獲得した。 18年におよぶフィットネスキャリアを元に、2013年より“闘う経営者向け”に特化した『闘争心プログラム』を展開。肉体のみならず脳とメンタルを鍛えるメソッドの検証を重ね、独自性溢れる手法でトレーニングを指導している。 2015年5月株式会社闘争心設立、代表を務める。闘う社長 ひいては会社を強く元気に、日本を元気にすることを理念に掲げ、“現場第一主義”で奮闘中!

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はじめに: 目的別の効果的な運動早見表

それでは、最初に当記事の構成と、手っ取り早く最適な運動が何かを知りたい方のための「目的別の運動早見表」を掲げたいと思います。

当記事の目的と構成について

この記事では、これから、

・仕事や勉強のパフォーマンス向上に効果のある運動
・ストレスや不安への耐性に効果のある運動
・今やるべきことへの集中力向上に効果のある運動
・タバコやアルコールなどへの自制心向上に効果のある運動
・脳の老化の防止に効果のある運動

などを紹介していきます。そして、それぞれの章で、

①科学的エビデンス:ある運動が、それぞれに効果があることの関連性を示唆している証拠
②脳のメカニズム:脳のニューロンやシナプス、脳内ホルモンや神経伝達物質の作用法則
③効果的な運動:①と②から導き出される「効果がある」可能性が高いと言える運動

を記載しています。

目的別の行うべき運動の早見表

しかし、手っ取り早く、どういう運動が良いのかを知りたい方も大勢いらっしゃると思います。そこで、先に、目的別の運動の一覧をご紹介します。

目的効果的な運動
仕事や勉強のパフォーマンスを上げたい有酸素運動 + 技能運動
※最大心拍数の60-70%の35分間のランニングで思考の柔軟性が上がる。
※複雑な技能を要する運動で、脳の肥料であるBDNFが増加する。
ストレスや不安に強くなって、より大きな課題に向き合えるようになりたい激しい有酸素運動
※激しい有酸素運動とは最大心拍数の70-85%程度のランニングを指す。
集中力を高め、先延ばし癖を改善したい少し激しい有酸素運動 + 体操や武術などの技能運動
※ジョン・J・レイティ教授は最大心拍数の75%で20分から30分のランニングを推奨
※武術や体操は闘争・逃走反応を刺激して集中力が高まると期待できる
自制心を高め、禁煙や禁酒などへの依存を改善したい週5日30分の激しい有酸素運動
※激しい有酸素運動とは最大心拍数の70-85%程度のランニングを指す。
※何らかの依存を完全に断つなら週5日30分の激しい有酸素運動が最低ライン。
脳の老化を抑え、認知能力や思考能力を高めたい60才以上はほぼ毎日の運動
※週に4回最大心拍数の60-65%の運動(ウォーキング)を30-60分。
※週に2日は最大心拍数の70-75%で20-30分の有酸素運動がベスト。
※週に2回の筋力トレーニング(無理のない重さで10-15回を3セット)。
※週に2回はヨガやピラティス、太極拳などでバランスと柔軟運動。

当記事のそれぞれの章で、エビデンスや理由を解説していますので、ご興味のあるものからお読み頂ければと思います。

なお、情報の正確性にはできる限り追究しておりますが、その効果を確実に保証するものではありません。また、持病をお持ちの方は、担当医師とご相談の上、運動メニューをご調整ください。

以上のことをご留意の上、お読み頂けますようお願い申し上げます。

1. 運動する人ほど仕事や勉強のパフォーマンスが高い

「仕事や勉強でもっと大きな成果を出せるようになりたい」

もし、あなたがそう望まれているであれば、運動が、そのための大きな原動力になる可能性があります。

1.1. 運動している人ほどパフォーマンスが高かった?!

運動には、あらゆる面で、脳の生産性を向上する効果があることが明らかになってきています。特に仕事の生産性や、勉強の学習効率の向上には、目を見張るものがあります。

早速見ていきましょう。

運動をする社会人は生産性が高い

イギリスのリーズ・メトロポリタン大学とブリストル大学の共同研究では、ジムで運動をしている人は、生産性が高いと結論づけています(※1)。

この実験には、平均年齢38.2才の計201名の被験者が参加しました。昼休みに、彼らのうち72%は45-60分のランニングなどの有酸素運動、12%は30-60分の筋トレやヨガといった非有酸素運動を、16%はチームスポーツを行いました。

以下のグラフは、その結果の一部です。

メトロポリタン大学のリーズ大学の共同研究のデータ

まとめると被験者の65%が、

・仕事へのモチベーション
・気分
・同僚との協調性
・時間管理
・締め切りの厳守

などについて、いつもより良くできたと自己評価しています。

運動をしている生徒ほど成績が良い

アメリカの「カリフォルニア州教育局(以下、「CDE」)」は、運動と学力の関係を知るために、5年間に渡って100万人以上の生徒を調査しました(※2)

この調査では、運動能力は「有酸素運動能力」「体脂肪率」「腹筋の強さと持久力」「体幹の筋力と柔軟性」「上半身の強さ」「全身の柔軟性」の6つの項目で計測されました。

結果は以下の通りでした。

学生の成績と運動のグラフ

スタンフォード学力標準テストにおいて、6つの運動項目が全て基準値以上だった生徒たちは、数学で67パーセンタイル(全体を100として上から33番目)、リーディングで45パーセンタイル(全体を100として上から55番目)を記録しました。

一方、 6つの運動項目を一つしか満たしていない生徒たちは、数学で35パーセンタイル(全体を100として上から65番目)、リーディングで21パーセンタイル(全体を100として上から79番目)でした。

これは驚くほどの違いですね。

私たちは、子供に「もっと勉強時間を増やしなさい」と言いたくなりますが、どうやら本当に送るべきアドバイスは「もっと運動しなさい」かもしれません。

実際、ケベック大学とトロント大学の研究者の共同論文では、運動の時間を減らして勉強時間を増やしても、学生の成績が上がらないと結論づけています。一方で、運動を増やすことによって、子供の成績にマイナスの影響があるということは、全く確認されませんでした(※3)

1.2. なぜ運動が仕事のパフォーマンスを高めるのか?

なぜ運動にはこのような効果があるのでしょうか?

それは、運動には、

・ニューロンの新生と成長、ニューロンどうしの結び付きを促進する。
・気もちを良くし、頭をスッキリし、注意力を高め、やる気を高める。

という効果があるからです。それぞれ見ていきましょう。

新しいことを学習しているときの脳

わたしたちの脳は、様々な種類の何億個もの細胞からできています。そして、一つひとつのニューロンが、お互いに、多数の神経伝達物質を送ったり受け取ったりしています。

ニューロンの構造を描いた画像です。画像出典:国立遺伝学研究所

わたしたちの行動能力、思考能力、感情能力、記憶能力は、全て脳細胞であるニューロンどうしのつながり方や、送受信される神経伝達物質によって決まります。あるニューロンが別のニューロンとつながるときの結合部を「シナプス」といいます。

シナプスは非常に重要な場所です。何らかの刺激を受けると電気信号がニューロンの軸索を走ります。その信号がシナプスにたどり着くと、神経伝達物質を放出し、何らかの情報を次のニューロンに伝えます。

情報を受け取る側のニューロンは、樹状突起で神経伝達物質を受け取ります。ニューロンが神経伝達物質を受け取ると、次のニューロンとの間で同じプロセスを繰り返していきます。

こうやって、あるニューロンが、どんどん他のニューロンとつながっていき、大きなネットワークを形成します。このネットワークが大きく強くなるほど、脳の能力が向上していきます。そして、シナプスが増えれば増えるほど、ニューロンどうしの結合はさらに強くなります。

例えば、新しい英単語を覚えるとします。

英単語を初めて見たり聞いたりすると、脳内で新たな記憶回路を作るためにニューロンが動員されます。そして、その英単語を練習すればするほど、シナプスの結合力が強まり、より強い記憶として残るのです。

運動はニューロンの新生・成長・連結を促進する

ニューロンが増えるほど、シナプスの結合が強まるほど脳の機能は向上します。そして、運動は、まさに、このニューロン新生と成長(シナプス結合)を促す効果があるのです。結果、記憶力、認知能力、思考能力が向上するのです。

ここでカギとなるのがBDNF(神経栄養因子)です。

BDNFは、ニューロンを育てる肥料のようなもので、ニューロン内を流れる電気信号を強くする効果(= ニューロンネットワークを強化する)と、シナプスの材料となるタンパク質を増やす効果(= ニューロンどうしが結合しやすくなる)があります。

そして運動には、このBDNFを増やす効果があることが認められています。

カリフォルニア大学の脳老化・認知症研究所所長のカール・コットマンは、マウスを使った実験で、運動がBDNFの量を増やすことを示しました(※4)。この実験ではマウスを四つのグループに分けました。一週間で二晩、四晩、七晩走るグループと、全く走らないグループです。結果、運動の量と、脳内のBDNFの量は正の相関関係があることが分かりました。

コットマンは言います。「運動の明らかな特徴のひとつは学習効率を向上させることだ。」

運動はホルモンのメカニズムを活性化させる

運動の効果は、ニューロンとシナプスの増加と成長だけではありません。モチベーションや気分に影響する成長因子の働きを活性化させることが分かっています。運動で血流が良くなると、多くのホルモンが働き始めます。

代表的なものは、

  • IGF-1(インスリン様成長因子)
  • VEGF(血管内皮成長因子)
  • FGF-2(繊維芽細胞成長因子)

です。

この3つのホルモンは、心の機能をコントロールするために非常に重要です。

なぜなら、

・セロトニン
・ノルアドレナリン
・ドーパミン

といった神経伝達物質の働きを促進するからです。

これらの3つの成長ホルモンと、3つの神経伝達物質は、ここ以外でも頻出しますので抑えておきましょう。

セロトニンは「脳の警察官」と言われ、気分、衝動性、怒り、攻撃性を安定化する物質です。運動後に、気持ちがスッキリして、不安感や抑鬱感が減少するのは、このセロトニンの働きが大きいと考えられています。うつ病や不安障害、強迫神経症患者の治療に、プロザック(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)が使われるのもセロトニンのためです。

ノルアドレナリンは、注意力や知覚、意欲、覚醒を刺激する神経伝達物質です。

ドーパミンは、学習、報酬(満足感)、注意力、運動に関係する神経伝達物質です。ADHDの患者にリタリン薬が処方されるのは、それがドーパミンを増やして、気持ちを落ち着ける作用があることが分かっているからです。

精神の状態を改善するために処方される薬のほとんどは、これら三つの神経伝達物質に作用するように作られています。運動は、こうした薬に頼らずとも、私たちの心を安定化してくれる神経伝達物質の働きを活性化させてくれるのです。

1.3. 仕事や勉強のパフォーマンスを上げる運動とは?

ここまでで、運動が、脳のパフォーマンスを大きく引き上げてくれることがお分かり頂けたと思います。それでは、能率を上げるためには具体的にはどのような運動が理想的なのでしょうか?

科学的証拠をもとに見ていきましょう。

有酸素運動は脳の思考能力と学習能力を向上させる

脳の能率を上げるために、まず重要なのは有酸素運動です。

2007年に行われた実験では、最大心拍数の60から70%を保って35分間ランニングマシーンで走っただけで、認識の柔軟性が向上することが確認されています(※5)

この研究では、50才から64才までの成人40人が参加しました。35分の間、被験者の半分は映画を観て、残りの半分は運動をして過ごし、その直前直後と20分後にテストを受けました。新聞紙のようなありふれたものについて、どんな使い方ができるか、思いつく限り列挙するというテストです。例えば、新聞は読むだけでなく、魚を包んだり、鳥かごの下敷きにしたり、食器を包んだりできるなどです。

結果、映画を見ていたグループに変化はありませんでしたが、走っていたグループは一度運動をしただけで、答える速度や認識の柔軟性が向上したそうです。

これは、様々な状況に応じて、臨機応変に考えて、型にはまらない独創的な思考や解決策を次々に生み出したりできる能力が向上していることを意味します。これらは頭を使う仕事で成果をあげるには欠かすことはできないものでしょう。

また、ノース・イースタン大学のチャールズ・ヒルマンは、有酸素運動が、勉強や仕事の能率に大きく影響を与えると結論しています(※6)

ヒルマンは、三年生と五年生の216人を対象として、上述のCDE調査に準じた独自の調査を行いました。その結果、運動能力の六つの項目のうち、有酸素運動とBMIの二つが突出して学業成績と相関性が高いことを発見しました。

体操や武術などの技能運動はBDNFを大きく増やす

また、有酸素運動以外に、体操や武術など複雑な技能を要する運動は、小脳のBDNFを大きく増やすことが確認されています。

イリノイ大学のウィリアム・グリーノーがラットで調べた実験では、一方のグループはただ走らせ、他方は平均台や不安定な障害物、ゴム製のはしごを歩くといった複雑な運動機能を教え込みました。結果、二週間のトレーニングのあと、曲芸ラットは、小脳のBDNFが35%増加して、走るだけのラットの小脳には何の変化も見られませんでした(※7)

歩いたり走ったりという動作以上に複雑な運動は、その技能を習得するために、考え学ぶというプロセスが加わります。

その新しい技能を学んでいる間、脳の中の小脳と大脳基底核と前頭前野の回路が活発になります。これを何度も繰り返すことで、ニューロン間の信号の質や伝達の速度が向上して、脳の回路がより効率的に繋がるようになるのです。

脳を育てるには有酸素運動+技能運動

以上のことから結論できるのは、脳を育てるには有酸素運動と技能運動が組み合わさったスポーツをすることです。

例えば、テニスなどの球技は、有酸素運動と技能運動を同時に行えます。また体操やダンス、ボクシングや空手などでのミット打ちも非常に効果的です。動きが複雑であればあるほど、シナプスの結びつきが複雑になるので、脳にとって、より良い効果があると考えられています。そのためテニススクールや、ダンススタジオ、ボクシングジムや空手道場に通うのは非常に良い選択肢と言えるでしょう。

もし、そこまで本格的でなくても隙間時間でできる運動をお探しの方は、仕事や勉強の合間に、まずは10分以上のランニングなどの有酸素運動を行ってから、ヨガやピラティスのポーズの練習をするという具合に、有酸素運動と技能運動のパートを設けるようにしましょう。

2. 運動する人ほどストレスや不安に強い

現代社会では、私たちは非常に多くのストレスや不安にさらされています。

そして、対処不可能なほどのストレスがかかると、脳が圧倒されて、心の機能がバランスを失い、普段ならなんでもないような問題が、とてつもない難問のように思えてしまいます。

しかし、どの程度のストレスや不安に耐えられるかは、人によって大きく異なります。当然、ストレス耐性が高い人ほど、仕事や勉強で降りかかる困難に負けずに高い業績をあげることができます。

私たちは、様々な分野で高い業績をあげている人たちのように、ストレスや不安に負けない脳を手に入れることができるのでしょうか?

2.1. 運動がストレスや不安に負けない脳を作る!

ストレス耐性は、先天的に生まれもった性格も関与していると考えられていますが、運動によって後天的に鍛えられることが分かっています。

それでは見ていきましょう。

 激しい有酸素運動がストレス耐性を向上させる

サザンミシシッピ大学のジョシュア・ブロマン=ファルクスは運動と不安感受性の関係について調べました(※8)

彼は、全般性不安障害を抱えており、日常的な運動習慣のない54名の学生を集めて、二つのグループに分けました。どちらも二週間の間に20分間の運動を6回行いましたが、運動強度は大きく異なります。一方は、最大心拍数の60-90%の強度でランニングマシンを走らせました。他方は、時速1.6km(最大心拍数の約50%)でランニングマシンを歩かせました。

結果、どちらのグループにも不安感受性の低下が認められました。ただし激しい運動をしたグループの方が、早く大きな効果が出ることが確認されました。

さらに、そのグループだけが不安の症状を恐れなくなり、ストレスに対して、より生産的に反応できるようになったのです。

激しい有酸素運動が不安を和らげる

続いて、チリの低所得家庭の高校生を対象として9ヶ月に渡って運動が心と体に与える影響が測定されました(※9)

この実験では、15才の高校生198名を二つのグループに分けて、一方には、週三回90分の激しい運動を行い、他方は週に一度通常の体育の授業を90分行いました。その後、心理テストを行なった結果、不安に関する値が大きく異なっていました。

激しい運動をしたグループの不安度は14%減少しました。通常の運動グループは3%しか減少しておらず、これは統計上は誤差の範囲内の数値です。

2.2. なぜ運動がストレス耐性を高め不安を和らげるのか?

以上のことから、運動強度とストレス耐性/不安の度合いには、相関性があることが分かります。それはなぜなのでしょうか?

過度なストレス下における脳のメカニズム(闘争・逃走反応)

私たちが過激なストレスにさらされると「闘争・逃走反応」のスイッチが起動し、脳の「扁桃体」に危険信号を送ります。そして、この扁桃体こそが私たちの心に不安や悲観などの強い感情を引き起こすのです。

扁桃体が危険信号を受け取ると、副腎に様々なホルモンを分泌するように指示を出します。副腎はアドレナリンが分泌して血液に送り込みます。アドレナリンは、体の心拍数と血圧を上昇させ興奮状態に誘います。

そして最終的にストレスホルモンとして有名な「コルチゾール」を分泌します。

コルチゾールが分泌されるまでの間に、様々なホルモンが分泌され、「視床下部→下垂体→副腎」へと駆け巡ります。これら三つの部位を合わせて「HPA軸」と呼びます。コルチゾールはHPA軸が刺激されて作られる最終生産物なのです。そしてコルチゾールが大量に分泌されると、心身に厄介な反応が現れます。

一つ目は凍結反応です。

大勢の前でスピーチを行うなど、過度に緊張した時に、思考がバラバラになって何も考えられなくなり、完全にフリーズしてしまうといった経験をしたことはありませんか?これは、本格的なストレス反応の一つで、「闘争・逃走・凍結反応」というものです。

二つ目は記憶回路の破壊です。

コルチゾールがピークに達すると、脳のニューロンは、生存に関する情報回路のみ強化して、その他の情報回路を遮断します。その結果、生きることと関係のない新しい情報を覚えることが非常に困難になります。うつ病などの過度なストレスがもたらす病気になると、物覚えが悪くなる原因も、ここにあると考えられています。

慢性ストレスが不安を駆り立てる

不安は、ストレス反応によってHPA軸の活動が活発化した時に発生します。

このとき、身体には、緊張や震え、鼓動の高まり、発汗、呼吸のし辛さ、胃痛などの症状が現れます。また、心には恐怖の感情が現れます。

この状態が強く長く続くと、実際に脅威となるようなストレスがないにも関わらず、常に不安の感情にさいなまれ、身動きを取れない状態になります。これが不安障害です。不安障害とは、脳が不安に圧倒されて、現状を客観的に認識する能力と冷静な判断力を失ってしまった状態なのです。

つまり、パニック障害や広場恐怖症などは、脳の回路が機能不全に陥って、なんでもない状況を、とてつもなくプレッシャーがかかっている状況だと誤認している状態なのです。

運動はコルチゾールの過剰分泌を抑え心を鎮める神経伝達物質を活発化する

運動は、脳の働きを正常化しストレス耐性を高め、闘争・逃走反応が起きるまでのストレスの許容量を引き上げることが分かっています。

どういうことか説明します。

運動をすると、まず、成長ホルモンのIGF-1が増えて、インスリンが刺激され、脳のエネルギーであるグルコースが効率良く燃焼されるようになります。このとき同じく成長ホルモンのFGF-2とVEGFも生成されます。この二つのホルモンは脳の中に毛細血管を新しく作り、その血管網を拡大する働きがあります。結果、脳内で血液はよりスムーズに流れるようになり、脳の活動を活発にし、慢性ストレスの影響に負けないようにしてくれるのです。

同時に、ストレスホルモンであるコルチゾールが増えすぎないように管理してくれ、必要に応じて神経伝達物質であるセロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンを増やしてくれます。

また、運動によって心拍数が上昇すると、心臓の筋肉で生成される心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)というホルモンが増加します。これは、HPA軸の活動にブレーキをかけ、ストレス反応を直接抑えられることを意味します(※10)

これが運動がストレス耐性を高め不安を抑えるメカニズムです。

さらに、運動をして、筋肉が働き始めると、体は脂肪を分解して脂肪酸を作り、遊離脂肪酸を血液中に放出します。このとき、必須アミノ酸の一つであるトリプトファンから、アルブミンというタンパク質を奪っていきます。そうして身軽になったトリプトファンは、脳に入りセロトニンになります。セロトニンは、私たちの脳を落ち着かせ、安心感を高める働きがあります。

同時に、運動はGABA(ガンマアミノ酪酸)の分泌も促します。GABAは、脳の主要な抑制性神経伝達物質で、抗不安剤として使われる薬のほとんどは、これに焦点を合わせています。なぜなら、GABAは、脳内で、不安感をもたらす作用の連鎖を断ち切ることができるからです。

これが、運動が不安感を鎮めるメカニズムです。

2.3. ストレス耐性を高め不安を和らげる運動とは?

それでは、運動によってストレス耐性を高め、不安を和らげるには、どのような運動が望ましいのでしょうか?

早速見ていきましょう。

ストレス耐性を高めるには激しい有酸素運動

ストレス耐性を高めるには、激しい有酸素運動が効果的であることが、いくつかの研究から分かっています(※11,12,13)

激しい有酸素運動とはどのような運動でしょうか?

一般的に最大心拍数の70-84%の運動を指すようです。一方で、全力疾走のような最大心拍数の85%の運動は、特に90%を超えると無酸素運動になってしまいます。心拍数は三千円ほどのスポーツ心拍計で簡単に計測することができます。また、最大心拍数は「220 – 年齢」で計算することが一般的です。

もちろん、今まで全く運動をしていなかった人が、いきなり激しい有酸素運動を行うと、怪我をしてしまう恐れがあります。最初からいきなり、最大心拍数の70-84%を目指すのではなく、できる範囲から着実に行なっていきましょう。

最大心拍数の70%以下の運動でも、ストレス軽減効果があることは認められています。

ストレスも不安もまずは「動くこと」が重要

いきなり激しい有酸素運動を実行することは簡単ではありません。でもご安心ください。ストレスも不安も「運動するだけ」でも和らぐことが認められています。

ニューヨーク大学の神経科学者ジョセフ・ルドゥーと共著者のジャック・ゴーマンは、2001年の911事件直後に、アメリカ精神医学ジャーナル誌に論文を発表しました(※14)。ここでは、ラットは動くだけで、脳内信号が、不安を呼び起こす脳内回路を迂回するようになったと書かれています。同じことが人間にも言えるなら、ただ行動を起こすだけで、不安を呼び起こす回路を刺激しないですむことになります。

強い不安にさらされたら、誰でも本能的にそれを避けようとします。それが極端な場合には、凍結反応が起きて身動きが取れなくなります。これは、電気信号が脳内の不安回路を通っているからです。

そのような時に、あえて正反対の行動をとれば、「強い不安の時は心身を凍結する」という脳の認知を再構築して「強い不安の時に行動する」という新しい認知を刻むことができることも分かっています(※15)。ストレスや不安にさいなまれているときに運動をするのは億劫かもしれませんが、勇気を出して最初の一歩を踏み出しましょう。

3. 運動する人ほど集中力が高い

集中力!これも私たちを悩ませる問題です。

私たちは、他にやるべきことがあって、それをやった方が良いことは分かっているのに、集中力が保てずに、ついテレビを見たり、ネットサーフィンをしたりして、無意味な時間を過ごしてしまいます。

そして、一日が終わる頃になって「今日も時間を無駄にしてしまった」と自己嫌悪におちいってしまいます。

一流の人たちは、そのような様々な誘惑に負けずに、一つのものごとに集中力をもって臨んでいます。私たちも、彼らのような集中力を身に付けることはできるのでしょうか?

3.1. 運動がものごとへの集中力を高める!

幸運なことに、運動には、脳の雑音を鎮め、重要なことに意識を集中させる効果があることが分かっています。

なお、ここでは、ADHD(注意欠陥多動性障害)患者を例としてあげていきます。ADHD患者は、普通のものごとへの集中力が散漫な状態が過剰になったものです。ここまで極端でなくても、私たちは大なり小なり、集中力の問題に悩まされています。

集中力に問題がある中で極端なケースであるADHD患者への運動の効果を見ることで、運動と集中力の関係を理解することができると考えられます。

それでは見ていきましょう。

武術でADHD(注意欠陥多動性障害)が改善する

ニューヨークのホフストラ大学の大学院生マシュー・モランドが興味深い研究を行い、武術によってADHDの子どもの注意力が大きく改善することを発見しました(※16)

この研究で、8才から11才までのADHDの少年のうち、週二回武術の稽古に通っている子供は、普通の有酸素運動をしている子供に比べて、行動と成績がいくつもの項目で大きく改善したことが分かったようです。

武術グループも有酸素運動グループも全く運動をしていないグループと比べると劇的な改善を見せています。しかし、武術グループに参加した子どもたちの改善はより顕著だったようです。彼らは、きちんと宿題や予習をやるようになり、成績も上がり、規則もあまり破らなくなり、席を立って駆け回ることも減りました。

単純な運動技能の訓練で失読症が改善する(ただし異論もあり)

失読症のメカニズムは、まだ完全に解明されてはいませんが、ADHD患者の約30%が発症することから注意欠陥障害の一種ではないかと考えられます。そして、まだまだ発展途上で、異論の多い分野ではありますが、運動を通じて小脳を鍛えることによって失読症を改善する可能性が議論されています。

その治療に、DDAT(失読症・統合運動障害・注意欠陥障害治療)と言って、一日二回、10分間、ごく単純な運動技能の訓練をするというものがあります。

2003年、イギリスの研究者が失読症の子ども35人にDDATを試したところ驚くべき結果が出たようです。運動技能の訓練をした生徒は、そうでない生徒に比べ、読み書き能力、視標追跡、認知能力、敏捷性やバランス感覚などの身体機能が格段に向上したのです。

3.2. なぜ運動がものごとへの集中力を高めるのか?

それでは、なぜ運動が、注意欠陥多動性障害の患者の、ものごとへの集中力を高め、症状を改善するのでしょうか?

そのメカニズムを見ていきましょう。

脳の注意システムのメカニズム(側坐核と前頭前野)

私たちは、やるべきことの優先順位がハッキリしている時こそ、やる気が出て集中力を保つことができます。そして優先順位をつける機能は、脳の報酬中枢である側坐核にあります。側坐核を損傷した猿は注意力を維持できず、報酬に直結しない作業はやろうとしなくなることが分かっています。

同じことがADHD患者についても言えます。

彼らは、大学入試のための勉強や、長期的な成果を出すための仕事というような、長い目で見て価値がある地味な作業に対してやる気と集中力をもつことに困難があります。そのため、すぐに満足が得られることにしか取り組めない傾向があるのです。

また、長期目標に焦点を合わせて、結果が出るまでの間、集中力を持続させ、その間に降りかかる困難を乗り越える能力は、脳の前頭前野の「作業記憶」という機能が重要です。作業記憶が損なわれると、人は長期目標に向かって作業や仕事を進めることができなくなります。

なぜなら、作業、熟考、加工、順序づけ、計画、練習、そして結果の予測ができるほど長く、一つの考えを心に留めておけなくなるからです。注意力散漫な人が、時間の管理が苦手で、遅れがちなのも、作動記憶の機能に原因があるとされています。

運動はドーパミンとノルアドレナリンを活発にする

脳の注意システムを調節しているのは、ドーパミンとノルアドレナリンです。

これらの神経伝達物質は、どちらも脳の報酬中枢である側坐核を活性化します。ドーパミンが足りないと、脳の注意を、他のものに簡単にシフトできなかったり、逆にさほど重要でないことに常に過集中の状態になったりしてしまいます。

そのため、ADHDの治療薬は、この二つの化学物質に働きかけることを目的としてつくられています。ADHD患者は、小脳の一部が小さく、正しく機能していないことが分かっているからです。

小脳は、前頭前野と運動皮質に情報を送ります。その途中で、大脳基底核と呼ばれるニューロンが集まった重要な場所を通ります。そこで、脳は、何に対してどれだけ意識を注目させるかという配分をしています。この意識配分は、中脳の黒質から出されるドーパミンの信号によって調節されています。

これがADHDの人の状態です。

「1.3.」の「 運動はホルモンのメカニズムを活性化させる」で書いた通り、運動によって血流が良くなると、ホルモンが活性化され、ドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニンを放出することが分かっています。

このことから、運動には集中力を高める効果があるとされています。

3.3. 集中力を高める運動とは?

それでは集中力を高めるために効果的な運動とはどのようなものでしょうか?

最大心拍数の75%で20-30分の有酸素運動

ジョージア大学のディッシュマンは、女子には、最大酸素摂取量にまでは至らない運動、すなわち最大心拍数の65%-75%の運動がより効果的で、男子には激しい運動(無酸素性作業閾値をちょっと下回るぐらい)が効果的だとしています(※17)

おとなについては、同様のデータはありませんが、ハーバード大学のジョン・J・レイティ教授は、最大心拍数の75%の負荷で20分から30分続けるのが望ましいといっています(※18)

武術や体操のように複雑で集中力が求められるスポーツ

特にADHDの場合、武術や体操のように、複雑で集中力が求められるスポーツをした方が良いようです。

武術の動きは、単純な有酸素運動と比べて、バランスやタイミングをとる動き、体の異なる部位を同時に独立して動かす能力、体のどこに意識を集中するかのコントロールなどを要するので、脳の幅広い部位を活性化させます。

また、少々極論ですが、武術や体操は、生きるか死ぬかに関わるものなので、闘争・逃走反応が起こり、集中力が高まるとも言えます。さらに、このようなスポーツは、有酸素運動も兼ねるので、認知能力の向上も期待できます。

4. 運動する人ほどセルフコントロールがうまい

私たちは、自制心についても、様々な問題を抱えています。

・もっと健康的な食生活をしたい。
・魅力的な体型を維持したい。
・禁煙したい。
・禁酒したい。

このように思って、頑張ってみるものの誘惑に負けて、ついつい、甘い食べ物や油の多い食べもの、タバコ、アルコールに手を出してしまいます。

今までは、このような誘惑に弱いのは、本人の意思が弱いからだと考えられてきました。しかし、どうやら、そのような誘惑に勝てるかどうかは、脳の機能によって、かなり左右されるようです。

私たちの自制心が脳機能によるものであるなら、運動によって改善することが可能です。

4.1. 運動が自制心を高める!

多くの科学者は、近年、軽度なものであれ重度なものであれ、アルコールやタバコ、買い物、食べものの依存症は、脳の慢性疾患であると考えるようになりました。

そして、運動はあらゆる依存症の解決策にも、予防策にもなり得ます。早速見ていきましょう。

たった10分の運動がアルコールへの渇望を抑える

ロンドンの研究者たちはアルコール依存症で入院し解毒治療を終えたばかりの患者40人を二グループに分けて、一方には中ぐらいの強度でエアロバイクを漕がせ、もう一方には軽く漕がせました。そして、翌日は、グループを入れ替えて同じことをさせました。

結果、強めの運動をすると、たった10分の運動でも、アルコールへの渇望が劇的に抑えられることがわかりました(※19)

たった5分の激しい運動でも禁煙に効果がある

愛煙家の場合、激しい運動はたった5分でも効果があります(※20)

運動は、タバコを吸いたいという衝動を抑えることができます。ドーパミンがスムーズに増えて、禁煙による不安や緊張、ストレスが抑えられるからでしょう。

ニコチンは厄介なもので、刺激物でありながら、同時にリラックス効果があります。そのため、ニコチンが切れると集中力が低下するという報告もいくつかあります。しかし、運動による禁煙の場合、運動そのものに不安やストレスを軽減して集中力を高める効果があるため、これにも対処できるでしょう。

運動は自己規制に関連する行動を改善する

脳が柔軟であれば、心はいっそう強くなり「自己効力感」を得られます。自己効力感とは、簡単に言うと、自分を変えることへの自信です。そして、運動は、依存症者の低い自己評価に強い影響を与え、自己効力感を高めることが確認されています。

これは2006年に『イギリス健康心理学ジャーナル』誌に発表されたオーストラリアの研究者たちによって実証されています(※21)

彼らは24人の学生を対象として、二ヶ月に及ぶ運動プログラムが自己規制に及ぼす影響を調べました。結果、被験者たちは、知的抑制能力を測定した二つのテストの結果が向上しただけでなく、自己規制に関連するあらゆる行動が改善されたのです。

彼らは、スポーツジムに通う回数が着実に増え、タバコ、カフェイン、アルコールの摂取量が減り、健康的な食べ物を好み、ジャンクフードを敬遠するようになりました。また、以前ほど腹を立てなくなったし、ものごとを先送りしなくなり、約束をきちんと守るようになりました。

このことから、研究者たちは、自己規制能力は、筋肉のように衰えもすれば鍛え直すこともできる力だと結論しました。

4.2. なぜ運動がセルフコントロール能力を高めるのか?

なぜ、運動が自制心を高めるのでしょうか?ここまでお伝えしたきたように、やはり脳の機能に答えがあるようです。

側坐核と報酬中枢

集中力の項でもお伝えした通り、側坐核は報酬中枢と密接な関係がある部位ですが、依存症に関しても重要な働きをしています。

依存症になりやすいもの、例えば、アルコールやカフェイン、ニコチンなどは全て、側坐核を刺激することが分かっています。そのため側坐核は、「快楽中枢」と呼ばれてきました。ただし、側坐核の機能は、「意欲」には関係していますが、対象を好きかどうかには関係していないことが分かっています。

「タバコが好きなわけではないのに欲しくなってしまう」「アルコールが好きなわけではないのに欲しくなってしまう」というのはここに原因があります。

さらに、動物実験から、コカインやアンフェタミンのような強烈な依存性のある薬物は側坐核の樹状突起を著しく成長させて、シナプスの結びつきを増やすことが確認されています。つまり、依存性の強い薬物を摂取することによって繋がった脳内の回路は、非常に強烈に、その体験を記憶していると言うことを意味します。

そのため薬物をやめた後も数ヶ月から、時には数年も、回路が、そのまま残ることがあるようです。依存症は、「脳が何かをあまりにも強烈に学びすぎた結果」なのです。

運動により放出されたドーパミンは渇望を抑える

しかし、運動により放出されたドーパミンは、脳内で渇望のもととなっているニューロンの受容体に作用して、何かを渇望する気持ちを減らすことが確認されています。

何らかの依存を断とうとしていても、不安や落ち着かない気持ちが出てきて、その決意がくじけてしまう人は多いと思います。運動は、無酸素でも有酸素でも、そのようにアルコールやタバコをやめようとしている人が陥りがちな憂鬱な気落ちも軽減してくれます。

4.3. 自制心を高める運動とは?

それでは、ものごとへの渇望を抑え、自制心を高めるには、どのような運動が効果的なのでしょうか?

まずは長期間続けられる有酸素が大事

今まで運動習慣がなかった人は、まず長期間続けられる運動を見つけることが重要です。

依存している何かが欲しくなったら、家の近くを早足で歩いたり、縄跳びをしたり、その場でジャンピング・ジャックをするとか、何らかの有酸素運動をするだけでも、依存心を軽減することができます。

何かへの依存を完全に断つなら週5日30分の激しい有酸素運動

必要とされる運動量は、当然、依存の深刻度によって異なりますが、何らかの依存を完全に断ちたいのであれば、週に5日、30分の激しい有酸素運動が最低ラインのようです(※22)

5. 運動する人ほど脳年齢が若い

現代の私たちは、数十年前と比べて、はるかに寿命が長くなりました。

そして、寿命の伸びと比例してアルツハイマーなどの認知症が大きく増加しています。認知症は、私たちのクオリティー・オブ・ライフを悪化させ、健康寿命を低下させてしまいます。

このような脳の老化によって引き起こされる症状に対して、運動ができることは存在するのでしょうか?

5.1. 運動が脳を若く保つ!

もちろん、脳と運動は、切っても切り離せない関係にあります。運動が脳を若く保ち、さらには脳機能を回復する効果さえあることが、近年分かってきました。

ほどほどの運動でも脳の老化が抑えられる

脳の老化を防ぐ運動の効果をはっきり示す研究の一つに「看護師健康調査(Nurses’ Health Study)」と呼ばれるものがあります。これは1970年代半ばに、12万2000人の看護師を対象として始まりました。当初は二年ごとに健康に関係する習慣を調査するものだったのですが、1995年からは一部を対象として認知能力テストも開始しています。

ハーバード大学の疫学者ジェニファー・ウーヴは、この看護師健康調査のデータをもとに、70才から81才の女性1万8766人の女性の運動量と認知能力の関係を分析しました。ウーヴは、運動量によって女性たちを5つのグループに分けて観察しました(※23)

結果、最も活発に運動していたグループは、記憶力テストと一般的な知能テストで、老後に能力が衰える確率が20%低かったことを確認しています。彼女らは週に平均して12時間のウォーキングか四時間弱のランニングをしていました。一方、最も運動していないグループは週に一時間足らずしか歩いていませんでした。

運動は認知症の発症を大幅に軽減する

さらに、ワシントン大学の研究者たちが、1970年代に調査をしていた人たちのデータをベースとして、1740人について、運動と認知症の関係を再調査した研究があります。(※24)

その結果、65-79才になっていた対象者のうち、少なくとも週3回以上運動していた人は、認知症になる確率がそうでない人より50%低かったことが分かっています。特に、認知症の原因遺伝子とされている「アポE4遺伝子」を保有している人ほど、運動の顕著な効果が見られています。

これは、運動の効果が、遺伝子の影響を上回るということを示唆しています。

5.2. 運動が脳の老化を防止するメカニズム

それでは、なぜ、運動には脳の老化を遅らせ、若さを保つ効果があるのでしょうか?

年をとるほど脳は酸化ストレスや老廃物に弱くなる

年をとると、身体中の細胞が、あらゆるストレスに弱くなっていきます。

なぜ、そうなるのか正確なところは解明されていませんが、細胞が古くなるほど、老廃物(フリーラジカル)による酸化ストレスや、過度の興奮などに立ち向かう力が弱くなるということはハッキリしています。

これらのストレスのせいで脳のニューロンが弱くなると、シナプスが蝕まれ、ニューロンどうしのつながりがどんどん切れていきます。年をとるにつれて回路が途切れていくので、何をするにも、遅くなってしまいます。

そしてシナプスの衰えるスピードが、新たな結合が生まれるスピードを上回るようになると、アルツハイマーやパーキンソン病を発症するようになります。つまり、認知に関する病気はすべて、ニューロンが死んでしまった結果だと考えられているのです。

またニューロンの成長を促す栄養素であるBDNFやVEGFなどの量も、年をとるにしたがって減っていきます。それが、例えば、神経伝達物質ドーパミンが作られるスピードも遅くなり、運動機能の衰えと意欲の低下を招きます。

運動は脳内の血流レベルと成長を保つ

このように脳は成長を止めた途端に衰え始めます。運動は、そのような衰えをを食い止めることができます。

まず、運動は脳の血流レベルを保つ効果があります。退職後の人の脳内血流レベルを調べたところ、運動を続けている人は退職して四年たってもほとんど変わらなかったのに対し、運動をあまりしない人は著しく低下していたことが分かっています(※25)

さらに、ここまで見てきたように、運動は、脳の回路が結合を増やし、成長するきっかけを与える効果があります。血流量を増やし、燃料を調節し、ニューロンの活動と発生を促します。

老いた脳はダメージに対して弱くなりますが、だからこそ、脳を強くするために何かをすれば、若い時より大きな効果があるようです。つまり、運動は、脳の老化の解毒剤であると同時に予防薬でもあるのです。

5.3. 脳の老化を食い止めるために効果的な運動とは?

それでは、脳の老化をくい止めるにはどのような運動が効果的なのでしょうか?

60才以上はほぼ毎日の運動を

60才以上の方は、退職して暇があるなら、1週間に6日の運動が理想です。また、その際は、運動プランを立てるときは、有酸素運動、筋力強化、バランス、柔軟性の4つの領域をカバーできるものが効果的です。

週に4日は有酸素運動

基本は、220から年齢を引いた心拍数レベルを最大心拍数とします。そして週に4日、30-60分間、最大心拍数の60-65%での運動が最適です。これはウォーキングで達成できる数字です。これによって、脳に必要な成分をすべて作り出すことができます。また、週に二日は、最大心拍数の70-75%で、20-30分の運動をすると良いでしょう(※25)

週に2回は筋力強化

最初は、トレーナーなどにやり方を教わることが必要ですが、週に二回、ダンベルなどで無理のない重さで10回から15回を1セットとして3セットのトレーニングをすると、年を取ってからでも骨密度を上昇させることができます(※26)

週に2回はバランスと柔軟性を強化

週に2回、30分ほど、ヨガやピラティス、太極拳など、バランスと柔軟性を使う運動をするとさらに良いでしょう。

まとめ

いかがだったでしょうか?

運動には、非常に重要な効果があることがお分りいただけたと思います。しかし、改めて、最後にお伝えしておきたいことがあります。それは、運動だけで全てが解決するわけではないということです。ただし、今までも努力をされてきた方で、もう一押しが欲しい方にとっては、運動は最良の解決策となり得ます。

ぜひ、実際に試してみて頂ければ嬉しく思います。

参考文献・参考資料

– 参考文献


脳を鍛えるには運動しかない脳を鍛えるには運動しかない
ジョン・J・レイティ(著) エリック・ヘイガーマン(著)
NHK出版

この記事の大半は、この書籍の内容がベースとなっています。書籍には、他にもうつと運動の関係や、女性ホルモンと運動の関係も詳しく解説されていますし、事例やエビデンスも豊富に揃っています。

当記事の内容にご興味を持たれた方は、ぜひこの書籍もご覧になることをオススメします。


GOWILDGO WILD 野生の体を取り戻せ
ジョン・J・レイティ(著) エリック・ヘイガーマン(著)
NHK出版

同じくジョン・J・レイティ教授が著した最新の書籍です。この書籍では、人間にとって本当に効果的な運動とは何かがさらに詳細に解説されています。

また運動だけでなく、食事やマインドフルネス、睡眠など多岐に渡る内容について紹介されています。運動の効果は絶大ですが、それが全てではありません。人生の質を向上させるために、運動以外にも、可能性のある手段を知りたいという方にとって役立つ内容になっています。


– 脚注

1.  “Exercising at work and self reported work efficiency”
2. 『脳を鍛えるには運動しかない』位置No. 487/5391
3. “Physical education, school physical activity, school sports and academic performance”
4. ”Exercise: a behavioral intervention to enhance brain and plasticity”
5. 『脳を鍛えるには運動しかない』位置No. 1069/5391)
6. Physical Fitness and Academic Achievement in Third- and Fifth-Grade Students
7. Enriching the Housing of the Laboratory Rodent: How Might It Affect Research Outcomes?
8. Effects of Aerobic Exercise on Anxiety Sensitivity
9. improving physical fitness and emotional well-being in adolescents of low socioeconomic status in Chile: results of a school-based controlled trial
10. The Protective Role of Exercise on Stress System Dysregulation and Comorbitites
11. Benefits from Aerobic Exercise in Patients with Major Depression
12. Exercise Treatment for Depression: Efficacy and Dose Response
13. Exercise Treatment for Major Depression: Maintenance of Therapeutic Benefit at 10 Months
14. Noradrenergic Enhancement of Reconsolidation in the Amygdara Impairs Extinction of Conditioned Fear in Rats
15. Conquering Depression and Anxiety Through Exercise
16. Martial Arts Training and Behavior
17. The Effects of Exercise on Children with Attention-Deficit Hyperactivity Disorders
18. 「脳を鍛えるには運動しかない」位置No. 3165/5391
19. Acute Effect of a Brief Bout of Exercise on Alcohol Urges
20. The Acute Effect of Exercise on Cigarette Cravings, Withdrawal Symptoms, Affect and Smoking Behavior: a Systematic Review
21. 『脳を鍛えるには運動しかない』位置No. 3598-3606/5391
222. 『脳を鍛えるには運動しかない』位置No. 3613/5391
23. Physical Activigy, Including Walking, and Cognitive Function in Older Women
24. Exercise Is Associated with Reduced Risk for Incidents Dementia among Persons 65 Years of Age and Older
25. 『脳を鍛えるには運動しかない』位置No. 4224/5391
26. 『脳を鍛えるには運動しかない』位置No. 4563/5391

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